祭りを紡ぐ、記憶を繋ぐ — マツリトライブのこと
はじまりは、石川県能登町の「あばれ祭」でした。
火の粉を浴びて乱舞するキリコ、激しく叩きつけられる神輿。テレビや新聞などで見ていたはずの光景も、その場に立つと凄まじい迫力に圧倒されました。普段は穏やかな能登の人々が、祭りの熱狂の中で一変する姿。そのエネルギーに触れた瞬間、「能登の祭りをもっと見たい」という衝動がありました。それが私と祭りの出会いであり、祭り写真家としての原点です。

能登で見た、祭りのアイデンティティ
能登の祭りを撮り、その魅力を現地から発信したい。その一心で、2014年、27歳のときに能登へ移住しました。
能登では夏から秋にかけて、「キリコ祭り」と呼ばれる奉燈(ほうとう)を担ぎ出す祭りが半島各地で行われます。一つひとつの祭りを追いかけて気づいたのは、当然ながら人が違えば祭りの見え方も違うということでした。それでも共通していたのは、祭りという存在が地域にとっての「心の拠り所」であり、「生きる誇り」そのものであることでした。
過疎化が進む地域であっても、一度地元を離れた人が祭りの日には必ず帰ってくる。彼らにとって、ふるさとを思うことと、祭りを思うことは、重なっているようにも感じました。幼い頃から体に染み付いた太鼓や笛、鉦(かね)の音。それを打ち鳴らす姿を見ていると、祭りとは単なる行事ではなく、その人、その地域の「アイデンティティ」そのものなのです。

祭りへの探求と試行錯誤の歳月
あばれ祭から始まった「祭りへの探求」は、私の心を大きく突き動かしました。「もっと上手く撮りたい」という向上心、そして「この一瞬を形にしたい」という勝手な使命感は、これまで撮り続けてこられた原動力です。とはいえ、いざ「祭りを撮る」となると、はじめの頃は決して容易ではありませんでした。暗所での激しい動き、刻一刻と変わる状況。当時は写真家と名乗れるほどの実績も経験もなく、納得のいく一枚が撮れるのは一晩でほんの数枚程度、という日もありました。
どの位置から、どういうカメラの機材・設定で、どのように切り取るか。果てしない試行錯誤の繰り返しでしたが、自分の中の基準をいかに高め、どうすればより良い写真を残していけるか、一つ一つの撮影機会で向き合ってきました。月並みな言葉かもしれませんが、「今」の自分が、自分史上最高の一枚を撮れるのだと信じていたい。祭り写真という分野は、テーマとして撮り続けている人はそれほど多くない印象があります。だからこそ、誰かと比べるのではなく自分の中の「水準」をどこまで引き上げられるかを大切にしています。

変わりゆく地域と、写真の存在意義
私が拠点としてきた能登には、50年以上祭りを撮り続けてきた大先輩方がいらっしゃいます。その背中を追いながら地域の祭りを見つめる中で、痛感したのは「継続することの難しさ」でした。少子高齢化、コロナ禍、そして能登半島地震。祭りの真ん中にいる「人」が失われつつある現実を、いま、目の当たりにしています。
祭りは地域と人、そして人と人を繋ぎ止める役割を担っています。祭りがあるからふるさとを誇りに思い、祭りがあるから帰ってくる場所がある。写真を撮ってもSNSで瞬時に消費されていくことも多い現代ですが、長い目で見れば、その年、その場所に集まった人々の記録には、決して替えのきかない価値があると思っています。
「この日、ここで確かに祭りが生きていた」。それを記録し続けることこそが、写真家としての私の存在意義であり、祭りの灯を絶やさないための一助になると信じています。

祭りを未来へ繋ぐために
「マツリトライブ」というメディアをあえて立ち上げたのは、祭りを記録し、情報を集約する受け皿をつくりたかったこともあります。祭りに携わる人、祭り好きが集い、写真を通してその熱量を共有できる場所になれば幸いです。

個人的に始めたプロジェクトなので、これからも試行錯誤は続くと思います。それでも、記録することの価値、そして祭りを次世代へ繋いでいくという意思に共感していただけましたら、撮影のご依頼やご相談も心よりお待ちしております。より多くの祭り、そして祭り人と繋がっていけることを願っています。どうぞよろしくお願いいたします。